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東京高等裁判所 昭和24年(ネ)313号 判決 1949年12月27日

控訴人 被告 高松久作

訴訟代理人 増田弘

被控訴人 原告 荒川末吉 外二名

訴訟代理人 瀬崎憲三郎 野村雅温

主文

本件控訴を棄却す。

訴訟費用は控訴人の負担とす。

事実

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とす」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は原判決事実摘示と同一である。

証拠として被控訴人は甲第一、二号証甲第三号証の一、二、甲第四、五号証、甲第六号証の一、二を提出し、原審証人鈴木弘之、鈴木泰一郎、菊地熊吉、稻川繁次、川那子克一の各証言、原審における被控訴人各本人訊問の結果を援用し乙第二号証の原本の存在並に成立を認め、控訴人は乙第二号証(写で)を提出し、原審証人鈴木弘之、鈴木泰一郎の各証言を援用し、甲第六号証の一、二の成立は不知その余の甲号証の成立は認める。甲第二、四、五号証を利益に援用すると求めた。

理由

成立の真正について争のない甲第一号証と原審における証人鈴木弘之の証言、被控訴人各本人訊問の結果と、控訴人が答弁において、控訴人は被控訴人主張の年月日に被控訴人主張の立木を被控訴人荒川末吉に売つたことはあると述べたることを考え合せると、昭和二十一年十一月十日被控訴人三名が控訴人から茨城県西茨城郡岩瀬町大字犬田字東山千八百四十三番千八百四十九番合併山林一町八段二畝二十五歩の土地上の松立木(本件立木という)を代金五万五千円でその日に内金一万円を同月二十五日残金四万五千円を払う約束で買受け、右約束通り代金支払をすましたという、被控訴人主張通りの事実が認められる。右立木を買つたのは被控訴人三名ではなく、被控訴人荒川末吉ひとりだという控訴人の主張は認められない。ただ原審証人川那子克一の証言中に、本件立木を被控訴人荒川末吉が控訴人から買つたということが見えるが、この供述は買つたのは被控訴人三名ではなくて、その中の荒川末吉ひとりだ、ということを特に言わうとするのではなく被控訴人荒川末吉や控訴人関係の立木売買があつたというにすぎないとうけとれるから、前記の認定をさまたげるほどのものではない。

被控訴人等は右売買当時本件立木は控訴人の権利に属するものと信じて買受けたことは原審証人鈴木弘之の証言、原審における被控訴人等各本人訊問の結果によつて認められる。ところが訴外犬田神社が本件立木はその土地とともに同神社の所有であつて、未だかつてだれにも譲渡したことはないとの主張をして、昭和二十二年二月十七日被控訴人荒川末吉にたいする本件立木の伐採禁止仮処分命令を得、また同年三月六日被控訴人荒川末吉を被告として本件立木の所有権確認損害賠償請求の訴を起したこと、及び被控訴人荒川が昭和二十二年五月二十六日発同月二十八日着の書面で、本件売買の目的物たる本件立木は売主たる控訴人以外の者の権利に属し、控訴人はこれを取得して買主たる被控訴人等に移転することができないから本件売買を解除する旨の意思表示をしたことは、本件当事者間に争がなく、右解除の意思表示は被控訴人糸井、秋山からも同時になされたものであることは成立に争ない甲第三号の一、二によつて明かである。

成立の真正につき争のない甲第二号証と原審証人鈴木泰一郎同菊地熊吉の証言原審における被控訴人等各本人訊問の結果を合せ考えると被控訴人は前記解除にもとずき、控訴人にたいして売買代金返還と損害賠償金と合せて金十五万円の支払を求め、控訴人は八万円位なら出してもよいが右のような金員支払義務はないと主張して争となつた。そこで訴外鈴木泰一郎、菊地熊吉などのあつせんによつて、昭和二十二年六月三日被控訴人ら三名と控訴人との間に、

一、控訴人は被控訴人三名にたいして、金十万五千円を即日内金三万円、同月三十日内金三万円、同年七月二十日内金四万五千円の三回にわけて払うこと。

二、被控訴人等は本件立木売買に関して、右の外なんらの請求をしないこと。

三、訴外犬田神社から被控訴人荒川末吉にたいする訴訟は、被控訴人等の負担において処理すること。

という内容の契約が成立したことが認められる。(右契約が被控訴人の中の荒川末吉ひとりと控訴人間に成立したのだ、との控訴人の主張を認めることはできない。)

被控訴人等の本件請求は、右契約による金員支払い義務のうち未払の第二回第三回合計金七万五千円の支払請求である。これにたいする控訴人の抗弁は、右の契約は、控訴人において法律行為の要素の錯誤をおかしているから、無効であるというのである。右の契約は民法にいわゆる和解であるから、民法第六百九十六条の適用があるとの被控訴人の主張にたいして、右の契約は債権者の方で債務の一部免除をし、弁済の延期をしただけで、債務者の方でなんらの譲歩をもしていないから、民法上の和解ではないと争う。しかし前に説明した通り売買代金及び損害賠償金あわせて十五万円の請求をする被控訴人にたいして控訴人は八万円位しか払うわけには行かぬと争つたが、結局十万五千円を払うことに合意されたのであるから、当事者双方が互に譲歩をして争をやめたことになり、民法上の和解にあてはまることは疑ない。右の契約を証する書面たる甲第二号証に「和解」の語がなく「示談」の語を用いてあることは、右認定をさまたげるものではない。

さてかように右の契約は民法にいう和解であるときまつても、これだけで直に控訴人の錯誤の抗弁をしりぞけることはできない。

それは民法第六百九十六条の適用せらるべき錯誤は、和解において当事者の互譲によつて解決した争の対象たる事がらに関する場合にかぎるのであつて、それ以外であつて、しかも、法律行為の要素たる事がらについて、錯誤があれば民法第九十五条を適用すべきものであるからである。そこで控訴人の錯誤の抗弁をみると、本件和解をする当時、控訴人は本件立木は訴外犬田神社の所有に属しており、被控訴人等がこれを伐採し得なくなつたことについて控訴人は責任があると考えたので代金返還損害賠償金支払を約したのであるが、実は、本件売買によつて被控訴人等は本件立木の所有権をまちがいなく取得したのであつて被控訴人等の契約解除の意思表示は無効であり、従つて控訴人に代金返還及び損害賠償の義務はなかつたのであるから、控訴人の思つていたところ(認識)と事実とがくいちがつていた。即ち錯誤があつたというのである。本件和解について右の諸点は、法律行為の要素であると認むべきこと、もちろんであるから、問題は本件立木の売買の目的物は他人の権利に属していたか否か、被控訴人主張の契約解除の意思表示は有効か否か、従つて控訴人に代金返還及び損害賠償の義務があつたか否かである。本件和解において、控訴人が支払うべき代金返還及び損害賠償の金額に関する争について、双方の互譲があつて結局十万五千円ときまつたことは、前段説明の通り証拠によつて明かであるが、前記の錯誤の抗弁に関する前記の諸問題についても争があり、和解においてこれらを肯定することに合意したのであるが、それともまた、これらの点については当判から双方ともこれを当然のこととして肯定し、それを基礎として、単に支払金額についてのみ合意をしたのであるかという点は、口頭弁論にあらわれたすべての証拠、当事者双方の弁論の全趣旨に徴しても明かでない。これをどちらと判定するに足りる資料はあらわれていない。しかし、この点に関する事実不明のままでは本件について裁判をすることができないから民事訴訟法においてかかる場合に処する最後の手段たる立証責任分配の原則によつて事実をきめるよりほかに方法がない。おもうに、意思表示は法律行為の要素について錯誤があるときは無効である(民法第九五条本文)というは、一般の原則であり、和解に関する民法第六百九十六条は特則であるから、この特則を適用すべき事実関係であるか否か不明な場合には、これが、適用を主張する当事者に立証責任がある。即ちその当事者の不利益に事実を確定すべしとするのが相当である。本件にあてはめると、被控訴人に立証責任がある。従つて被控訴人の不利益に即ち、前記諸問題は本件和解において解決した争の対象たる事がらではなかつた当然控訴人に代金返還及び損害賠償の義務あるものとして支払うべき金額の協定をしたのだとすることになるのである。そこで進んではたして錯誤があつたかどうかをみなければならない。訴外犬田神社の申請によつて、昭和二十二年二月十七日本件山林への立入り、本件立木の伐採及搬出を禁ずる旨の仮処分命令が発せられ、同年三月六日同神社から被控訴人荒川末吉にたいして、本件立木の所有権確認の訴が起されたという事実は本件当事者間に争のないところである。なお、原審における被控訴人荒川末吉、同秋山留八の各本人訊問の結果によると、本件売買後被控訴人等が本件立木の伐採をはじめたところ、犬田神社から被控訴人荒川末吉にたいして、本件立木は犬田神社の所有であるから伐採してはならないとの苦情があり、同神社から控訴人にたいしても、同趣旨の申入れがあつたとの事実が認められる。以上のような事実あるにかかわらず、犬田神社の主張は真実に反するということを認め得るような反対の証拠が少しもあらわれていない本件においては、前記認定の事実からみて、本件立木は控訴人の所有に属していなかつた。即ち、本件売買の目的物は他人の権利であつたとするほかはない。そして売買の目的物について第三者から、売主買主にたいして前記の通り苦情があり、買主に対して裁判上の手続による攻撃まで実行せられている以上売主たる控訴人は売買の目的物について権利を取得して買主たる被控訴人等に移転することはできないものと認めるのが相当であつて、被控訴人等は民法第五百六十一条によつて売買契約を解除する権利を有するに至つたものと認めるべきである。従つて昭和二十二年五月二十八日被控訴人等から控訴人にたいしてなされた契約解除の意思表示は有効であると認めなければならない。なお、売買の当時被控訴人等は本件立木は控訴人の権利に属するものと信じていたとの事実は前記認定のとおりであるから、民法第五百六十一条からみて控訴人は代金返還義務及び損害賠償義務を負うに至つたものと認むべき場合である。なお、控訴人は本件立木を訴外高橋已之吉から取得するについてなんらの瑕疵もなかつたから少くとも損害賠償責任はなかつたと主張するけれども、理由なき主張であつて採用に価しない。そうすると、控訴人が本件和解の当時思つていたこと(認識)は事実に合しているのであつてなんらの錯誤もないのである。犬田神社から被控訴人荒川末吉にたいする訴訟において、同人が本件立木の所有権を主張し、またこの訴訟に控訴人が補助参加をしたのにたいして被控訴人荒川が異議を述べなかつた、などの事実があつたとしても、前記認定をさまたげるものではない。

以上の次第で本件和解は無効だ、との控訴人の抗弁はまつたく理由がないから、控訴人は被控訴人等にたいして和解に定めた通り支払うべき義務あること明かである。なお、控訴人が材木商であることは本件当事者間に争のないところであるから、控訴人は商人と認むべく、本件立木売買及び和解は商法第五百三条によつて商行為と推定すべきである。従つて本件請求の債務についての法定利率は年六分ということになる。

そうすると、控訴人にたいして金七万五千円及び内金三万円にたいする期限の翌日たる昭和二十二年七月一日から、内金四万五千円にたいする同年七月二十一日から支払いずみまで、年六分にあたる遅延損害金の支払を求める本件請求は正当としてこれを認容すべきであり、これと同趣旨の原判決は相当と認められる。よつて民事訴訟法第三百八十四条第一項第八十九条第九十五条を適用して主文の通り判決する次第である。

(裁判長判事 中島登喜治 判事 小堀保 判事 藤江忠二郎)

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